浄土宗最大の伝統行事、相頓寺御住職が300名の僧侶と共に勤める

2025年4月7日(月)に東京・芝の増上寺で行われた御忌大会の日中法要にて、埼玉県上尾市・相頓寺の和氣御住職が『唱導師』を勤められました。約800名もの中で、法要を行うことは大変名誉なことであります。
増上寺「御忌大会(ぎょきだいえ)」とは
御忌(ぎょき)とは、浄土宗の元祖法然上人(ほうねんしょうにん)の忌日法要のことです。増上寺では毎年この「御忌法要」を盛大に執り行っています。 法然上人が亡くなられた後も、その教えは受け継がれており、御忌の法要では法然上人のご恩徳を讃えます。

相頓寺 和氣御住職プロフィール
和氣 昭祐(わけ しょうゆう)
1958年(昭和33年)群馬県伊勢崎市生まれ。2010年(平成22年)3月、浄土宗 快楽山 安養院 相頓寺第31世住職となる。
現在は以下の役職を兼任し、教化活動や地域貢献に幅広く取り組んでいる。
・浄土宗埼玉教区 教区長
・浄土宗吉水講 詠唱指導普及委員
・大正大学 非常勤講師
・上尾・伊奈地区 保護司
唱導師を勤められた御住職へインタビュー
「唱導師」の役割を教えて下さい。
唱導師(しょうどうし)とは、大本山で法主に代わって勤める法要の導師のことです。御忌大会では、進行の中心となり法要を行う重要な役割です。
4月7日の日中法要を迎えるより前の1月、「導師を勤めよ」という命を御法主台下から直接いただく機会がありました。その時に、唱導師というお役目の重みを改めて実感し、きちんとお勤めしなければという決意を新たにしました。
お勤めを終えたお気持ち、ご感想はいかがですか。
最初に湧き上がったのは、「ほっとした」という想いです。同時に、大勢の方が参加してくださった喜びと嬉しさ、みなさまの温かい眼差しの中でお勤めを一緒にできたことが浮かびました。阿弥陀様への感謝の気持ちが沸いてきて最後までお勤めができたという、「円満成就」できた喜びも大きかったです。なによりも、多くの方に支えられたこと、多くの方にご参加いただけたこと、それに尽きます。
今回の経験を経て、今後どのような活動をされていきたいですか。
本山阿弥陀如来様の法然上人のお念仏を心にとどめ、報恩謝徳を思いながら日々の暮らしに活かしていきたいと思います。そして、これからも皆さまと共に相頓寺の為に邁進していく所存でございます。

令和7年4月7日「御忌大会」の様子
舞楽
御忌大会の期間中、大殿前舞台で優雅な舞楽が奉納されます。

お練行列
荘厳服に身を包んだ唱導師を中心に、総勢300名余の練行列が行われました。今年は三門工事のため、例年とは少し異なる形での行列となりました。

庭儀式
唱導師が門をくぐり境内に足を踏み入れる瞬間に、二番鐘の音と共に三門楼上から無数の散華が舞い降り、その光景は極楽浄土の景色を思わせます。行列が本堂に入堂する直前に、庭前の舞台上で行われます。

日中法要
増上寺の法主より「払子」を手渡され法要の導師を任されます。増上寺に伝わるところの唱導師のみに着用が許される名誉ある「七九条の袈裟」にお召替えをし、法要を執り行います。



YouTubeの増上寺公式チャンネルにて、和氣御住職の日中法要の動画が公開されております。ぜひご覧ください。
「相頓寺」について
相頓寺は快楽山 安養院と号し、埼玉県上尾市にある浄土宗の寺院です。「寺伝」及び「新編武蔵風土 記稿」「光明寺誌」によると永徳2年(1382)、浄土宗関東総本山檀林鎌倉光明寺・第四世円蓮社聖満良順上人によって草創・開山されました。良順上人は、当寺の本寺である檀林勝願寺の第四世も務められています。良順上人が開かれたのち、天正年間(1573~92)円蓮社総譽上人によって再興されました。内陣の枠組みを見ても、往時をうかがうことができます。総譽上人は小田原北条氏の一族の出であると伝えられ、檀林浄国寺を創建された名僧です。このように相頓寺は優れた学僧によって開かれ、名僧によって再興された、古い伝統を持つ寺院です。

寺院名:快楽山 安養院 相頓寺(けらくさん あんよういん そうとんじ)
宗派:浄土宗
所在地:〒362-0024 埼玉県上尾市五番町14-2
アクセス:埼玉新都市交通ニューシャトル(伊奈線)「原市駅」徒歩5分
相頓寺HP:https://www.soutonji.jp/
相頓寺の永代供養墓・樹木葬:https://eitaikuyou.net/pref11_city219/sotonji