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インタビュー当日は桜が満開でした。樹齢100年以上の見事な桜です。

本堂の周りには滝が流れ、鯉が泳ぎ、境内にはご近所の猫が散歩する、六本木の喧騒とは一線を画し日本の風情が残る妙善寺。

妙善寺のご住職・的場慶雅(まとばけいが)さんに文化継承や妙善寺について伺いました。
※工事に入るため現在、鯉は鯉屋さんへ引越し中、滝は休止中のため見られません。

住職プロフィール

的場慶雅(まとばけいが)
昭和27年(1952年)生まれ。立正大学卒業

妙善寺について

本堂前、鯉と滝|東京都港区・妙善寺

徳川家康公の側室・養珠院お萬の方ゆかりのお寺と知られる妙善寺は、寛永四年(1627年)に開山。紀州徳川家の家老、三浦長門守為春(みうらながとのかみためはる)公が自身の江戸屋敷跡に創立したお寺。初代紀州徳川家の藩主・徳川頼宣公御寄進の釈尊像が安置されており、日蓮聖人を祀る須弥壇(しゅみだん)には、螺鈿細工(らでんざいく)で飾られた葵の紋も。

為春公は文武両道に卓越した方で、茶会・歌会・書画会・碁会等が催され、中でも碁の井上因碩家元の碁会が徳川時代から常設され、一名“麻布の碁寺”とも称されている。

【所在地】
住所:東京都港区西麻布3-2-13
アクセス:東京メトロ日比谷線、都営地下鉄大江戸線「六本木駅」から徒歩8分
妙善寺公式URL:https://www.myozenji.or.jp/

※三浦長門守為春公とは
お萬の方と共に熱心な日蓮宗御信者。三浦長門守家初代当主。妹に徳川家康公の側室・養珠院お萬の方。お萬の方が産んだ徳川頼宣公の伯父・守役・重臣。元和五年(1619)頼宣公が初代紀州徳川家の藩主となった際、御附家老として頼宣公と共に和歌山へ随行した人物。大坂夏の陣では、武功を家康公からお褒めの言葉を授かったとされる。書道や文学にも造詣が深く文化人としても知られる。著書に、平仮名で書かれた小説『あだ物語』、紀行文の『太笑記(たいしょうき)』や俳諧集の『野奸集(やかんしゅう)』、『犬俤(いぬおもかげ)』などが現存。

ご住職について

──ご住職になられた経緯を教えてください

私で3代目。的場家では祖父の代から妙善寺を預かっています。
高校までは先生になろうかと思っていたんですよ。
歴史が好きだったんでね、仏教の歴史に興味があって、研究しながら坊さんもできればと思っていました。

──大学時代から仏教の歴史を学ばれていたとのことですが、仏教学の面白さとは何ですか?

最初、観音さまに興味を惹かれて中国の観音信仰、学問じゃなく歴史上の信仰などを研究してたんです。大学時代に2度中国に行きましてね。日本とは違う文化やきらびやかさがあったり、歴史の観点から研究するのは実に面白いですね。

──ご住職の一日を教えてください

朝のお務めをして、寺務所のみんなで掃除をして、法要に出かけています。忙しくさせてもらってます。

週に1、2度は朝のお勤めの後ジムへ通ってますよ。葬儀とか体力使うんでね、体鍛えておかないと(笑)。

お寺やお墓(永代供養墓)について

──永代供養墓を建立されてから、どのような変化があったでしょうか

少子化で墓地を継承することが難しくなっています。

エータイさんとお付き合いするようになって、観音廟やマンション墓など、新しい選択肢ができて、今までご縁がなかった方や檀家さんの中でも後継者がいらっしゃらない方にも安心してご利用いただけるようになりました。

今後も新しいニーズに添えるよう努めています。

為春公から受け継がれてきた文化を100年、1,000年続けていくために

寺務所入口の生花|東京都港区・妙善寺

──文化的活動をされている経緯を教えてください

為春公は、大坂夏の陣では武勲勇名を轟かし、一方では『大笑記』『あだ物語』『汚塵集(おじんしゅう)』など著書も刊行される文武両道に卓越した方でした。当時、為春公が催されていた法要説教、茶会、歌会、書画会、碁会等の流れを引き継いでいます。

──素敵なお花を活けられていますが、ご住職が毎日活けられているんですか?

客殿は家内が、私は事務所入口の花を活けています。
華道家元池坊(いけのぼう)さんとお付き合いがありましてね。
私と家内、寺務所のスタッフも含めみんなで習っていますよ。

──華道を続けられている魅力とはなんですか?

お華は、自然を生かしたものの見方で、いかに綺麗に見せられるか。
お茶は、美味しく飲むもの。
色々と作法はあるのだけど、やっぱり楽しくなくちゃいけない。楽しむためにすることが原点じゃないですか。

──日本文化を残すためには、どのような取り組みが必要だと思いますか?

コロナの行動制限が解除されたので、月1回先生をお呼びしてお教室の活動を再開しました。来年から寺務所の工事に入るので、書院とお茶室を作る計画をしています。完成するまではあまり活動できないですが、3年後の完成が楽しみです。

為春公から続いている文化なので、妙善寺は繋いでいかないとと思っています。

華道・茶道、それ以外の文化的なこともしていかなくちゃならないかもしれないけど、引き継いでやっていくのがお寺の仕事だと思うんだよね。

400年もあるお寺なので、文化継承はやっぱり使命じゃないですか。

──六本木という都心にありますが、街にはどんな変化がありましたか?

六本木ヒルズができてから随分と変わったね。私が小さい頃は、一軒家が多くてビルも超高層ビルなんかじゃなくて、ビルの数も少なかった。陸軍の歩兵第三連隊もあって、今からじゃ想像つかないでしょうが、この辺りは太平洋戦争中の空襲で焼け野原だったんです。妙善寺の本堂も焼けました。未だにお付き合いをしてますが、近所にお住まいの檀家さんもほとんど郊外へ引っ越されました。やっとここまで復興できたという気持ちです。

戦争を逃れた樹齢100年以上の桜が墓地にあるんですがね、お檀家さんがお友達を連れて見に来られます。ちょうど今見頃ですよ。
※3月下旬に取材しました。

──都心ならではの活動や文化交流はありますか?

近くのホテルから、外国人観光客向けに文化体験をさせてもらいたいというお話をもらっていますね。こういうお話があるのも六本木という都心のお寺だからだと思います。お教室は月1回活動を再開しましたが、来年から再開発が始まるのでね、完成まで待ってもらっています。

──3年後の妙善寺はどのように生まれ変わるのでしょうか?

お寺の前にマンションがありますが、それが無くなるので開放的な感じになる予定です。この辺りにお勤めの方も足を止めやすくなるのではないでしょうか。樹齢100年以上の桜も見やすくなると思います。

──完成が楽しみですね。完成後の活動を教えてください

構想中なのでまだわかりませんが、色々と考えていますよ。

桜のライトアップなんか昼と夜の風情が変わって良さそうですね。当山には護身・得財・戦勝を祈る摩利支天さまが奉安されてるんですが、摩利支天さまの縁日なんかもいいですね。

本堂周りのお堀に鯉を飼っていましてね、工事に入るので今、鯉屋さんに預けていますが珍しい鯉もいて、完成したら戻ってくるのでぜひ見に来られてください。滝も再開します。

インタビューを終えて

都心には都心のお寺のあり方や繋がり方があり、文化継承をするのが使命とおっしゃるご住職。近隣にお住まいの方やお勤めの方、観光客の方も気軽に立ち寄れるオアシスのような空間を鋭意計画中だとか。完成後には、次世代につなぐ日本の文化活動や異文化交流など積極的にしていくとのこと。六本木観光の1スポットになるのではないでしょうか。今後の妙善寺に目が離せませんね。

【関連情報】
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※調査期間:2021年1月1日~2023年12月31日
調査概要:「いいお墓」に掲載されている全国の企業における
永代供養墓の販売数を調査。株式会社鎌倉新書調べ
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